私たちは今、何をすべきか
                                    −これからの部落解放運動−

 

はじめに

 2017年市協定期総会を開催する私たちは、あと5年で、水平社創立100年を迎えます。「吾々がエタであることを誇りうる時が来た」と、高らかにうたいあげた創立宣言に呼応し、部落解放のよき日を迎えるために、私たちは今、何をすべきでしょうか。
 現状を語る上で特筆すべきことは、やはり昨年12月「部落差別の解消の推進に関する法律」(以下部落差別解消法)が成立したことでしょう。名称に「部落差別の解消」が刻み込まれた恒久法(期限の定めのない法律)を今、私たちは手に入れました。
 法律の構成はシンプルなもので全6条です。1条の「目的」、2条の「基本理念」、3条の「国及び地方公共団体の責務」があり、4条以下は、差別解消の具体化のため、「相談体制の充実」、「教育及び啓発」、「部落差別の実態に係わる調査を行うこと」と記されています。
 差別の禁止や罰則規定のない理念法ではありますが、個別、部落差別に的をしぼって、その解消をめざす法律として成立しました。昨年はまた、4月に「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」が施行、6月に「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」が交付・施行され、人権に関わる重要な3つの法律が成立した年でした。2002年に提出された「人権擁護法案」が一向に成立に至らなかった中、常に妨害する勢力であった現政権が、個別法で対応するという方針を打ち出し、対応したものです。差別や人権侵害が後を絶たない現状があり、むしろインターネット、SNSを通じて差別が拡散し、エスカレートする情報化社会において、対処療法的な側面と、オリンピックを控えた政権の対外的な対面もあるのでしょう。もちろん、それぞれの課題における当事者や支援者の地道な運動や訴えがあったからこその成果であるという点も見落とせません。だからこそ、これら法律を使って、実際に差別の解消に向けて私たち一人ひとりが、引き続き取り組みを継続していく必要があるのです。

部落を取り巻く課題

 私たちにとっては、まずは具体的にこの間の京都市行政の方針と、それによってもたらされた現状を把握する必要があります。
 一般的には、上記部落差別解消法は2002年3月をもって、同和対策特別措置法が終結して以来空白であった法が15年ぶりに成立したと言われますが、京都市の場合は、この15年は単なる空白とは言えません。2008年3月から1年間設置された「京都市同和行政終結後の行政の在り方総点検委員会」の報告書が2009年3月に出され、その後の京都市の施策に反映しているからです。以降、京都市においては、人権文化推進計画その他で表明する、「同和問題」に関する記述は、同報告書に基づき取り組みを進めると述べるのみとなっています。しかし、その報告書の要点とは、市民にとって特別と映る施策や施設が市民の不信をかっているのであるから、その不信を払拭することがすなわち、差別を解消するのだということであり、つまり、雇用、教育、住宅、福祉等ありとあらゆる分野にわたり、部落問題を背景とした固有な課題に対応「しない」ことを明言してきたのです。単なる空白というよりも、大いなる後退というべきでしょう。「同報告書に基づきいまだ解決に至っていない取組」とは、「特別と映ることがまだあり」それをを完全に消し去るということを必然的に意味します。実際、その「取組」は速やかに展開され、奨学金の返還にあてる自立促進援助金を廃止し、部落の子どもたちに実質給付を約束した奨学金の返還を迫ったり、コミュニティセンターを廃止し、『行政の行政依存』なる奇妙な論理で、一般施策であるところの隣保事業さえ早々に打ち切りました。運動団体や地域住民との話し合いをしない強引な手法で、地区に混乱と行政不信をもたらしました。その論理は、「部落差別はすでに解消しているにも係わらず、差別を言いつのる運動団体が差別を助長している」とする、差別を正当化する論理と軌を一にするものであり、法律があり、予算の裏付けのある時代から180度手のひらを返す方針だったのです。
 しかしながら、今回の「差別解消法」には、1条目的に「現在もなお部落差別が存在する」と明言され「情報化の進展に伴って部落差別に関する状況の変化が生じていることを踏まえ、全ての国民に基本的人権の享有を保障する日本国憲法の理念にのっとり、部落差別は許されないものであるとの認識の下にこれを解消することが重要な課題」と記されました。
 この際京都市は、「旧同和地区出身」などという迂遠な行政用語の使用をやめ、法律に基づき、部落問題、部落差別というように、課題に正面から真摯に向き合いながら、実態調査や相談体制の確立を履行しなければなりません。部落差別の実態を認識し、その苦しさや理不尽さを実感する中から、真にその解決を望むという、当事者や市民とのパートナーシップをもう一度取り戻すときであることを、訴えます。
 相談体制については、部落問題の相談を中心に、DV、高齢者、子ども、障害者、LGBT、在日外国人等幅広い分野を包含する体制を求めていきたいと思います。また、場所についても、区役所、社会福祉協議会、ウィングス京都、各いきいき市民活動センターなどをはじめ、市内・区内の公的施設を巡回して活用します。市内の医療福祉圏域(5圏域)における既存の常設相談事務所の活用。内容も予備的相談(例えば、部落出身の若者が恋愛中の相手や友人に出自等についてどのように話せば良いかの相談や、部落問題について否定的な友人・同僚への対応をめぐる相談)。結婚や就職、近所づきあいで直面している深刻な相談、実際に差別事件が発生した場合の紛争解決相談等、様々な段階にある相談を、まずはインターネット、電話など、敷居の低い相談窓口から、対面相談、場合によっては訪問などフレキシブルに対応が出来る利便性の高い機能を備えることが重要です。
 実態調査については、法では「国は、部落差別の解消に関する施策の実施に資するため、地方公共団体の協力を得て、部落差別の実態に係わる調査を行うものとする」と記されていますが、どのような方法によるものなのかは、明確にされていません。いくつかの方法が考えられますが、一つには、2010年に行われた国勢調査の個票データを使って、大阪で行われた実態把握があります。大阪府全体と部落、隣接地域、公営住宅との比較を可能としました。二つ目は、相談体制を充実させ、相談内容の分析を積み上げることで、部落の抱える課題や差別の実態が、それぞれの相談者の具体的事例により明らかにしていくことも可能です。三つ目には、法第1条(目的)にも「情報化の進展に伴って部落差別に関する状況の変化が生じていることを踏まえ」と記されているように、ネット上に氾濫する差別書き込みについて、モニタリングし、現状を把握することです。全国ではいくつかの自治体ですでに実践されています。いずれにせよ、差別を解消するための実態把握を行政として行う必要があり、そのためには、地域住民、運動団体、研究機関等々、様々な立場の人たちの協力がなければなりません。
 法が成立する背景として、昨年2月に「鳥取ループ・示現社」が自らのウェブサイトに『4月1日に復刻・全国部落調査を発売する』と宣伝し、実際にヤフーオークションで落札されたこと。またネット上にもその情報が公開され続けているという現状がありますが、そのことは、差別撤廃を願う全ての人々にとって大きな衝撃でした。今や、誰でも、子どもたちでさえインターネットを使って、どの地域が被差別部落であるか検索することが可能となり、結婚差別、就職差別、土地差別等にも容易に使われかねない状況が、日常となってしまったのです。私たちは、運動のつくりかた、また教育・啓発の在り方についても、根本的に考え直していかなければなりません。もはや、被差別部落の歴史も現状も、なかったことにしたり、知らないふりをするだけで過ごすことはできないのです。むしろ、この国に生きる全ての人が、よく知り、差別や排除の構造を理解し、その解決に努力することが、より良い社会をつくっていくことに繋がっているのだということが認識されるべきです。

今、何をすべきか

 今期も「まちづくり部会」「人権確立部会」「保育・教育部会」の3部会を基盤として取り組んでいきます。
 「まちづくり部会」では、京都市が示した「住宅ストック総合活用計画」の後期5年に向けて、各地域の進捗状況と今後の見通しについて明らかにさせていく必要があります。各支部においても、地元のまちづくり協議会やNPO、自治会等と連携して、担当者との話し合いを密にし、地区の課題を明確にしながら、耐震、バリアフリー等、国の基準に見合う改修を具体的に実現していく必要があります。店舗付き住宅や、次世代入居の課題についても、一部前進した課題もありますが、引き続き部会で協議して実現させていかなければなりません。福祉と人権のまちづくりに関しては、今年4月17日、特別養護老人ホーム「うずまさ共生の郷」がオープンし、様々な背景を持つマイノリティ、聴覚障害を持つ利用者の受け入れ、また雇用についても同じ立場で理解し合える方々を積極的に採用しています。こうした福祉の拠点を今後とも市内に拡大していくことが大切です。
 「人権確立部会」では、事前登録型本人通知制度の登録が、本年4月末で2,086人、住基人口140万人に対して0.147%と未だ低い水準であることから、更なる周知の必要性を訴えていきます。同時に、「部落差別解消法」が成立・施行されたことについて、ほとんどの市民がまだ知らないという現状において、その法律の内容周知とセットにしながら、市民一人一人が人権と、個人情報を守ることに、自ら積極的に行動する大切さを、京都市として広報していくことが重要です。
 「保育・教育部会」では、地域における保育所の民営化に伴い、課題や問題点を明らかにし、子どもたちの現状について把握していきます。人権を視座とする保育の実践について、改めて問いかけていく必要があります。教育についても、「同和教育」の実践から距離を置いてきた、若い世代の教員たちに、様々な人権課題の研修の中で部落問題をどのように位置づけるかを、今一度確認していく必要があります。一般論ではなく、部落差別を解消するという具体的な目的のために、何が必要かを念頭に置き、被差別当事者との出会いや、体験を語る機会を設けるよう訴えていきます。
 昨年は、障害者、ヘイトスピーチ、部落と3つの人権に関わる個別法が成立しましたが、これにさらに性的少数者(LGBT)、アイヌについても法制定の動きが活発化しています。しかし、どれもが理念法に過ぎない以上、、私たちは、引き続き、人権侵害救済法を求めていきます。差別を受けた人間が、泣き寝入りすることなく、きちんと救済される、また差別行為については処罰されるという仕組みをこの社会でつくっていく必要があり、そのための人権救済委員会は、国際基準として国連に加盟する多くの国で設置されています。そうした政府から独立した人権救済機関が今もなお存在しない日本は、世界から逸脱した人権後進国と言わざるを得ません。個別課題に関する理念法を条例等により具体化し、他の被差別当事者との連携を強め、共に運動していく関係性を構築していかなければなりません。人権課題を個別的に対応するという現政権、与党の方針で歩みを止めてはなりません。
 また一方で、最大の人権侵害であるところの、戦争を遂行することの出来る国づくりが着々と進められていくことを座視するわけにはいきません。改憲に必要な国会での3分の2の議席を与党が占めているという現状で、理不尽で市民生活を脅かす『共謀罪』などの悪法も、強引に採決されてしまう状況が続いています。沖縄の反基地闘争で座り込みをしている市民までテロリスト呼ばわりし、安保法制定にあたって国会周辺で声を挙げた市民までも罵倒する閣僚がいる中で、『共謀罪』は市民運動を萎縮させ、権力にとって不都合な人物を逮捕、起訴することが可能となる「あるまじき法律」であり、刑法体系の根源をこわすとして学者、弁護士も反対しています。中国や北朝鮮などへの排外主義的なヘイトスピーチは、こうした戦争への道をつくろうとする、現政権の政策に呼応するものであり、メディアもまた、政権の意向を追認する報道を繰り返しています。私たちは、事実をよく知った上で、冷静に状況判断をする必要があります。また、戦争をさせない京都1000人委員会の活動に積極的に参加し、反対の意思表示を行動で示していきましょう。
 日本国憲法における基本的人権の尊重と平和主義の条項は何としても守らなければなりません。そうした理念を破壊し、国家のために個人を従属させ、差別排外主義を煽る勢力と、断固として闘っていきましょう。