私たちは今、何をすべきか
                                              −これからの部落解放運動−

 

はじめに

 

 昨年は、同対審答申から50年ということで、部落解放同盟は中央本部として、全国の被差別部落のある都府県知事に、あらためて、部落差別の撤廃に向けた要請行動をし、同和問題が存在する限り、その解決に向けて誠意を尽くすとの回答を得てきました。この表明は、地域改善協議会意見具申の蹈襲とも言え、今年は、その地対協意見具申から20年という節目でもあります。
意見具申では、その基本認識としては、まず第一に、「同和」問題は「依然として我が国における重要な課題と言わざるを得ない」こと。「その意味で、戦後民主主義の真価が問われ」「同和問題などさまざまな人権問題を1日も早く解決するよう努力することは、国際的な責務」とされています。そのうえで、現状については、物的基盤整備は概ね完了したものの、教育.就労の点ではなお格差があり、結婚問題を中心に差別意識が根深く存在していると分析し、今後の主要な課題として人権侵害による被害の救済等の対応としました。つまり、特別対策としての予算措置について終了の目処を付けつつ、それゆえ、残された課題としての人権擁護制度の充実強化が提言されているのであり、同年の人権擁護推進審議会の設置から2001年の答申、2002年人権擁護法案提出に至る流れが、その時点で提起されたのです。
そのことは、同和対策審議会答申から30年を経た時点(1996年5月18日)での事業の総括、課題の把握、そして何よりも、21世紀を目前に控えた段階で、次の世紀を「人権の世紀」にしていくのだという決意の表れであったと言えるでしょう。そこには、人権条約をふまえた、世界平和と各国の連携・協力という崇高な目標も、確かに念頭に置かれていたのです。
ひるがえって、昨今の状況を鑑みるに、こうした理念をかなぐりすてたかのような政権運営が傍若無人に繰り広げられ、もはや空文化した「人権の世紀」という文言を見聞きすることさえなくなっています。
しかし、21世紀を現に生きている私たちが取り戻すべきは、この理想や理念であり、その実現のためには、現状把握と、人権侵害救済法の制定に向けた取り組みの経過を、一人一人がしっかりと認識することが大切です。

部落を取り巻く課題

同和対策審議会答申で示されたことは、その精神もさることながら、実態調査の必要性が提起され、実際に行われたことです。今年2月に開催された、第47回人権交流京都市研究集会の全体会で、妻木進吾龍谷大学准教授が強調していたように、行政施策とは実態把握のうえで成立するものです。予算措置としての特別対策が終了したとしても、一般対策としてその問題解決に移行したうえで、実際33年間の特別措置がもたらした成果と課題を把握するための実態調査は、行政として執行することは不可能ではありません。例えば、妻木さんが講演で用いたデータは、2010年の国勢調査の個票データを「同和地区」にあてはめ、大阪府全体と比較しつつ、実態を把握したもので、行政が主体性を発揮するならば、かつてのような聞き取り調査が難しくとも、一定の把握は可能なのです。特別措置法の終焉とともに、せっかく33年間取り組んできた成果と課題を客観的に明らかにすることは、行政の市民社会に対する責任だと言えます。
 一方、私たちを取り巻く課題に対して、今期も「まちづくり部会」「人権確立部会」「保育・教育部会」の3部会を基盤として取り組んでいきます。しかしながら、従前からの課題に対し、大きな進捗が見られないのも現状です。特に「まちづくり部会」において、「店舗付き住宅」の活用に向けた提案について、京都市住宅室は、条例改正に向けた積極的な姿勢を示そうとしません。この課題は、2009年3月に出された「京都市同和行政終結後の行政の在り方総点検委員会」の報告書にも、「空き店舗の公募やまちづくりの観点も踏まえた店舗の在り方について検討を進めるべき」と記されています。
 一方で、住宅の承継に関しては、「総点検委員会」の見直しの提言を御旗として、住民に対して厳しい対応に終始しています。親の介護のために同居をはじめた子ども世代が、そのまま住み続けたいと希望した場合にも、1年以上の同居を条件とする原則を振りかざし、もう一度、自らが育ち、住み慣れたまちで暮らしたいという願いを踏みにじっています。
 京都市住宅行政と府内市町が取り組んでいる住宅政策には根本的な相違点があります。公営住宅法では、住宅困窮者や福祉を必要とする世帯(人)に提供することになっていますが、京都市の場合、京都市営住宅条例及び同施行規則等で厳しい条件を付けて強引な明け渡しや強制退去を迫っています。中には、このような強硬手段によって、新たな住宅難民をつくり、路頭に迷い生活保護に頼らざるを得ない市民も現れています。京都市住宅行政は、「福祉」の視点を欠いた箱物管理行政と言わざるを得ません。かつての住宅行政は、住宅の安定は生活基盤の安定として、就労、教育などのソフト面をも重視し、局間を横断的に取り組んできました。関係機関をあげた総合行政による事業を推進してきたのです。なにも特別対策でなくても、市民生活を豊かにするための普通の行政手法だったのです。実は、先程の総点検委員会報告でさえも「真に住宅を必要とされる方に適切に提供されるようにすべき」と記されているのであり、住民たちにとっての豊かなまちづくりの手助けをする、行政の役割を再認識すべきです。
 社会的包摂(ソーシャル・インクルージョン)は、貧困対策等で最近注目されている用語ですが、かつての「同和対策事業」では先取りして実践されてきた政策でした。現在、政府が力を入れている「こどもの貧困対策推進事業」「ひとり親家庭の居場所づくり事業」などは、教育行政と福祉行政がバラバラに実施され、十分にこどもへ還元されているとは言えません。特に、親の就労や自立支援は、国や京都府が所管している労働行政との連携が課題になります。「こども育み局(仮称)」が創設される予定と報道されていますが、真に実効性ある施策を願うものです。
 「人権確立部会」については、戸籍や住民票等の不正取得を防止するため、一昨年6月から「事前登録型本人通知制度」が実施されていますが、周知が行き届かず、なかなか登録人数を増やすには至っていません。今年3月15日付け市民新聞に、やっと折り込み広告がされ、今年4月末での登録人数は1,693人です。3月15日から3月末までの増加数が236人、4月末は137人の増加があります。これまで毎月平均30人程度しか増えてこなかったことからすると、一定の効果が上がったものと思われます。しかし、人口に対する登録者の割合は0.108%と、まだまだ少ないのが現状です。今後の登録者数の推移を見守るとともに、私たちからの友人、知人への呼びかけや、何よりも足下の同盟員およびその家族の全登録が急がれます。
 また、全国的に特記すべきこととして、事前登録の有無に関係なく、全町民を対象にした「全通知制度」が今年1月から鳥取県江府町に続き、佐賀県吉野ヶ里町にも導入されました。町民の個人情報の保護と人権侵害を未然に防止する取り組みとして、行政の主体性が発揮された事例です。
 一方で、差別事件はあとをたたず、特に悪質なのは、鳥取ループ・示現社による「全国部落
調査 部落地名総鑑の原点」と題した書籍が発行・販売されようとしたことです。中央本部は3月22日、組坂委員長等の名前で出版差し止めを横浜地裁に提訴、地裁は28日、仮処分を認めましたが、鳥取ループは「全国部落解放協議会5年のあゆみ」と変えて、出版を強行しました。京都府連は、京都人企連、解放共闘、京都同宗連、連合京都へ要請と共闘を呼びかけましたが、京都市協も3月23日に京都市と京都市教育委員会に対して、書籍販売停止や、ネット上の被差別部落地名一覧について根絶する法規制を国に求めること等を要望してきました。また、ネット上には「部落解放同盟関係人物一覧」等も掲載されていることから、掲載されている者(被害者)による原告団を編成し、4月19日、東京地裁に正式裁判の提訴をしました。
 この部落地名総鑑と第三者による戸籍の不正取得がセットとなり、現実に結婚差別や就職差別等の被害が発生するのであり、決して許すことはできません。人生の大きな節目に差別が介在するかもしれないという不安を部落の若者達に与えてしまうことは、基本的人権の侵害に他なりません。
「同和」奨学金返還訴訟の控訴審判決が、2月25日、大阪高裁73号法廷で、石井寛明裁判長より言い渡されました。主文は「本件各控訴をいずれも棄却する」というもので、奨学金の返還を求められた「被告」が、1審で敗訴したことから、高裁に対してなされた訴えはしりぞけられました。「『返す必要がない』との言質を信じ、就学奨励金を受給したのだ」との主張は、書面主義に偏重した裁判所の判断にまたも拒まれたのです。 京都市奨学金等返還事務監理委員会は、現在も年2回行われ、第14回が昨年12月16日に開催されています。2009年の制度変更から7年が経過し、2018年10月1日には時効による「債権」消滅のケースが生じることを見据え、法的措置の見直しが検討されているといいます。また、これまで滞納金額が100万円以上で裁判となっていたものを、50万円以上とすることも提案されました。5年おきになされる返還免除手続きも、勤続年数により収入が上がった「借受者」に新たに返還請求がされるなど、過去に同和奨学金を受給した人々に対する風当たりが厳しくなる現状もあります。また、返還免除申請に関わり、世帯人数の考え方が、初回から変更になることで混乱も生じています。奨学金返還に関わり、疑問や悩みを抱える地域住民やその子どもたちの相談が担えるような体制を、支部や市協につくっていく必要があります。また、「同和」奨学金を受給した全ての人の、いわば「代表」として裁判闘争を担っている仲間への支援を、今後とも継続していきます。

今、何をすべきか

 昨年の敗戦70年に、安倍首相は新たな談話を発表しましたが、日本がおこなった侵略については、「事変、侵略、戦争」という言葉としては出てくるものの「日本の侵略」とは明記していません。しかも、日露戦争の勝利が植民地支配に苦しむアジア、アフリカの人たちを勇気づけたなどと、日本の帝国主義戦争をむしろ賞賛するものとなっています。また「戦争への記憶」を「心に留める」「胸に刻む」という表現で、次世代に謝罪させてはならないことのみを強調しています。一方、教育支配をおこなうために「教育再生」として「愛国心教育」の実施を具体化し、高校日本史の必修化、道徳の教科化、教科書内容への介入などをすすめています。また、政府は教育行政の責任を人事や教科書採択を念頭に、これまでの合議制にもとづく教育委員会から自治体の長に移すことを決めました。あらゆる方面から、「戦争のできる国づくり」、憲法改悪への道筋を強行しようとしています。
 本年7月に実施される参議院選挙は、このような安倍政権がすすめる戦前回帰の反人権主義、国権主義の政治からの転換をめざす重要な政治闘争です。私たちは広範な仲間と共に、人権、平和、民主主義に立脚した候補者を当選させるべく、総力を挙げて、この選挙戦を勝ち抜かなければなりません。
 ますます複雑で困難な社会状況において、運動の裾野を広げていくことは容易ではありませんが、「人権の21世紀」を掲げたかつての希望をもう一度取り戻し、若者達に理想を語ることのできる運動を、一人一人が足下からつくりあげて行かなければなりません。市内で新規に展開される「特別養護老人ホーム」を福祉と人権の基軸に置きつつ、就労を含めた呼びかけを展開していきましょう。
 先輩達が一歩ずつ築き上げてきた、これまでの運動に誇りを持ち、未来へ向け前進していきましょう。